学校は教育の場だから「教育プログラムを持っている」という言葉は相応しくない。一方、文化施設は教育機関ではないから、その言葉は越権行為になることもある。当然次世代の育成を考えてだが、大きな違いがある。

 学校は「教育」としてカリキュラムが組まれている。だから手順や教材も決められている。一方文化施設は学校でないから、参加者を教育として指導することはない。多くの場合は「サーヴィス・プログラム」である。一回つまらなかったら来なくなるから、面白く、可笑しく、楽しく遊ぶスペースになっている。そこに成果を求めるというよりは、音楽が好きになってくれた、文化会館のステージ企画に来てくれた、というポイントが優先される。

 学校と社会が連動して、文化芸術が教育というニオイから外れて、連続する活動から質が高くなっていく、というプログラムはなかなかできないでいる。

そこに学校と社会との垣根を超えて文化芸術が深く理解・応用ができればいいのだが、様ざまな価値観や生活感を持っているだけに、その活動に筋が入った連続性は望めないでいる。

 簡単な話し、社会の芸術プログラムは、教育・メディア・音楽・(時には)子どもの専門家がブレーンとなって挑戦し続ける必要があるのだが、なかなかそこに到達していない。これからの時代に自然と組み込まれていくだろうし、私はそれを期待している。