Katsuhiro Tsubonou Official Website. Act 2001~

月: 2024年4月

朗読の新次元

 私が公立文化施設の文化事業でアドバイスをした団体の育成で、最も成功したジャンルは「朗読」だった。音楽団体でないところが凄いと思った。
 越谷市の「パレット」という公民館からいくつもの団体・個人が飛び立って行った。

 この4月に、非公式ながら仲間が集い、その成果発表を20年ぶりに私に見せてくれた。中心的な人びとは滑舌や発声などの基礎レーニングを経た後は、AIに替われるような読み聞かせでなく、全身を使った身体表現を展開させ、聞く人びとを圧倒させていた。

 大体、朗読といっても基本はコミュニケーションだ。「読み聞かせ」とは妙な命名で、本当は「読み聞き合い」のはずだと私は思っていた。話の内容が、話し手は聞き手の心と交流し合いながら進んでいくものだからだ。落語の演者と聴者のコミュニケーションなど見事な空間を生み出している。
 朗読仲間は、演劇・音楽表現・パントマイムなど、あらゆるトレーニングに挑戦してきた。だから既成の朗読を知っている人びとは仰天するほど表現が豊かで驚かされる。

 この女性の朗読仲間の猛者は、以前東京である団体の芸術ステージ・オーディションに参加したことがあった。小さなステージではあるが、そして朗読用の本は手に持っているが、ステージ全体を使って表現していた。三名の審査員は、誰一人顔を上げることなく、困り切った顔をしていたが、出演した人びと全員が合格通知を受け取った。

 その後大きなステージの話を貰ったようだが断り、夜中の TV番組に呼ばれたりしたが調子に乗ることなく、自分たちの住む街の中でのボランティア活動に精力を傾けて来ていた。

 これぞ朗読、朗読だけでない地域文化の「新次元」だと、私は誇りに思っている。

サロンコンサート③

 サロンコンサートの成否の鍵は「開かれているか」どうかにある。プライベートな企画は資金の裏付けからして簡単明瞭だ。主宰者と客の関係で成果は決まる。

 医院の先生がポケットマネーで演奏家を集め、仲間や近所の人を集めて演奏会を開催した時期が松戸市であった。サロンコンサートといっても立派な音楽会だ。しかし主宰者と先生仲間、先生と演奏家は口をきくが、そこから会場の仲間と口をきくことは無かった。
 どんどんプライベート化していって、音楽を愛する仲間が増えることは無かった。

 大都市から離れた医療施設で、街の人びとが集まって音楽を楽しむスペースもあると聞いている。その主宰者は知っている先生だが、私は直接会場に伺ったことはないので、不確かなことは記せないでいるが、地域の人びとに愛されているということは、人びとの心も演奏する人びともパブリックなのだと思う。
 音楽の修行はプライベートな厳しさがあるが、人びとと共有する音楽のひろばでは、お金の問題は別にしてパブリックな心がないと拡がらないのが現実だとも思っている。

サロンコンサート②

 この頃、喫茶店や公共施設のロビー(市役所の昼休みのロビーなど)で演奏会が企画されることが多い。演奏者のお喋りも上手い。通りすがりの人が気楽に聴ける時代だ。私たちも東京タワーで、通りすがりの人びとも楽しめる演奏会を企画して来た。

 演奏家は、出来るだけ多くの人びとに聴いて欲しい。(ホントは)無料でもいい。しかしハナからタダで演奏しろ、と言われてはプライドがあって嫌だ。でもステージがあれば出たいし、褒めてもらいたい(拍手が何より嬉しい)・・・そこを理解して企画を進めていただければ、演奏者の、地域の財産になるのだが、結構演奏者との交渉は難しい。

 古民家でコンサートが開催される企画が全国の其処彼処で見受けられるようになった。観客の差し入れ・持ち寄りのお茶菓子で演奏の合間に人びとの交流が湧き上がる。

 静岡の古民家に伺ったことがあった。村の人びとが時間になると車で集まって来る。
音大関係の出身者が見事な声楽アンサンブルを聴かせる。一方、ピアノを習って半年だという体育の先生が間違え、止まりながらも引き続ける。終わると暖かい拍手に包まれる。主宰の好調(校長?)先生が得々と喋る。奇妙な手作りコンサートに出会った。これも地域文化の振興なのだろうと思った。

 音楽を学んだ人びとは、数名の聴衆から始めたこの種のコンサートが、自身の音楽活動の原点になっていることが良く見受けられる。そこに秘密があるのだろう。

サロン・コンサート①

 昭和の時代、1960年頃に早大の教授夫妻が企画した「サロンコンサート」が話題になった。音楽のあるサロンでの社交の場でもあった。しかも鹿鳴館の交流とは違った、音楽による仲間同士の広場を提供していたようだ。

 そのひろばに音楽を社会で活かし合う原点があったように私は思った。
リサイタルと称して、何十、何百人も集めなくていい。少ない人数でも、音楽を聴き、仲間と語り合う一時を持つ。その流れから、人びとがつながっていくからだ。

 音楽家がサロンや何処か開放的な空間で演奏する機会はこの頃増えた。駅やホテル、文化施設のロビー、公共施設の一角など、地域に合った小さなコンサートが増えてきた。ポップスの路上演奏会は昔からあった。クラシック音楽が「聴かせる」音楽から、聴衆と「つくり合える」手立てを講じていれば、もっと身近になっただろうが、どうしても「聴かせたい」訓練を受けてきた人びとには、音楽を生かした社会での聴衆も参加できる「即興」が入り込む余地はなく、壁が残ってきてしまったようだ。
 突然、音楽に参加しろ、と言っても無理なことだ。誰でも情報や経験がないと提案にはのれないものだから。そこで小学校などで「音楽づくり」などの機会や時間がある。そこから音楽家が自分の世界に誘える創造の場への機会や提案があれば、音楽家がもっとこの種の「ひろば」から文化の創造へとつながって行っただろうに、と私は思ってきた。

音大卒生の行方

 45年前に音楽雑誌に私が書いた内容は今も変わっていないようだ。


 四年制音楽大学だけでなく、専門学校、短期大学を含めると、年間1万人以上の人びとが音楽を得意とした職業につくことが可能な学習を得ている。ところがほんの一部の人を除いて、それを生かすことなく卒業後は特技を眠らせたママの生活をしている。
 音大の教育の柱は、優れた次世代を担う人材育成である。その核がピアノ・声楽・器楽の演奏に於ける、より優れたステージを目指すことが根底にある。勝ち抜き戦を生き抜いたチャンピオンを目指していて、その他は学校や自宅での教職に役立てる以外なかなか活躍の場が見出せないでいる。

 四半世紀前ごろから、アートマネジメントなどを通して音楽を社会で活かす術が湧き起こってきた。その道の専門家が指導して、卒業生も成果は上げてきたように思われたが、学生が育ててもらう段階で、どう音楽も社会もつくられていて、それを活かすことが出来るかという手立てが弱いママ就職に応用しようとしたため、出口(就職先)も少なく、悪戦苦闘することになったようだ。音楽専門の指導者が旧泰然とした教科に添ったレッスンが中心だったから、無理があったと言える。

 教えるということは、自分が学び、理解し納得したなかから次世代に伝えることから始まるし、師弟の人間関係も大切だから、枠を飛び出した応用は挑戦しづらいこともあっただろう。しかし時代や価値観、ニーズはドンドン変わって行くので、新たな創造的音楽活動と社会との結びつきを生み出さないと、異なる価値観の人びととの交流や認識が拡がっていかないように思われる。
 音楽も、社会も人間関係も平和も「つくる」という仕組みを根底に置いたシミュレーションは今も昔も変わらず必要だと私は思っている。

トゥーランガリラ交響曲

 アンサンブル《ヴェネラ》というアマチュア・オーケストラをご存知でしょうか?

 2014年に都内のアマチュア・オーケストラ奏者を中心に結成された演奏団体で、現代音楽作品を採り上げたプログラムで活躍している(ということを、今回私は初めて知った)。

 20世紀の名曲、  O・メシアンの「トゥーランガリア交響曲」を演奏するというので聴きに行った。アマチュアが80分に及ぶ大作・難曲を演奏するなんて、私の若い頃には想像もできなかった話だから、成果に対する期待は半信半疑だった。

 結論から言うと、凄まじい世界を展開させていた。プロとアマの差は何処にあるのか分からないほど、水準の高い演奏にまとめ上げていた。演奏者が音楽を分かって演奏していて、日本の音楽文化水準の高さを自慢する成果だったと思った。

 メシアンの孫弟子にあたる夏田昌和の指揮、ピアノの大須賀かおり、オンド・マルトノの大矢素子の演奏も素晴らしく、私にとっては、近年最高の名演のひとつとだと思った。

アマチュアの演奏会

 実績・伝統のあるアマチュア団体の文化会館での演奏会だけではなく、喫茶店や古民家、ホールのサロンで開かれる演奏会まで、機会を見つけては全国何処にでも出掛けって行って聴かせて貰っている。助成金財団の資料としても必要でもあるが、音楽の生まれるスペースが好きだから、予定が合う限り参加することにしている。

 この頃アマチュアの演奏会は多極化している。出来はともかく、一年間頑張った地域の文化を発信することに意義があるような会、自分たちが楽しむために集まって発表し合う会、地域の文化育成・次世代育成・音楽による地域文化振興の一助として実績を生み出している団体から、プロの領域に入っている、と思われる世界へ誘ってくれる団体まである。

 この頃、近代・現代の作品も取り上げられる様になった。 R・シュトラウス、ブルックナー、ストラヴィンスキー、ショスタコーヴィッチなど、普通にプログラムに組み込まれる様になった。隔世の感がある。古典派・ロマン派でない20世紀の音楽も大いに取り上げて欲しいと願っている。

新年度に

 桜の季節、新年度になりました。

 相変わらずな音楽生活で、新年度を迎えたことになりました。

 この一年、名誉職以外退かせていただきながら、個人的な音楽生活を継続させていただいてきました。しかし私も「喜寿」だそうです。その節目の自覚はありませんでしたが、10年前と同じ様な活動は、体力的にイメージ通りには行かなくなりました。

 歳を取ると、今まで見えなかったモノ、聞こえなかったモノが分かり、逆に今まで見えたり聞こえたり消えたりしています。しかし、ブログは社会的にも色々な条件がタイムリーでなければ、年寄りの繰り言になってしまいますので、そこを抑えて言い残したことを今年度は少々掲載させていただこうと思っています。

 音楽会には、プロ・アマの企画や、ホール・サロンなどの区別は無く、時間を見つけては全国を歩いています。面白い音楽やひとと出会ったりしています。今年度も素晴らしい音楽の出会いがあることでしょう。

 音楽を愛する全ての人びとに感謝と「乾杯!」。