Katsuhiro Tsubonou Official Website. Act 2001~

カテゴリー: 雑感 / MISC. (Page 1 of 6)

音楽大学・音楽専門学校

 「四年間、好きな音楽三昧で暮らして学士の資格。何が問題だ」と或る音大の学部長の言葉に、以前私はムッとしたことがあった。出口(卒業)で社会とのつながりが希薄なため、学んだ音楽が生かされる領域が少ないのに、学生時代が満足ならそれでいい、とは無責任だと思っていたからだ。

 舞台芸術のトップを目指す・・・千人に1名のエリートを育てることも必要だろうが、同じ価値観から外れた人びとの救済は考えていない。教師にでもなったら(教員の資格が取れる制度があればいいが)、町の音楽教室の指導者や、ブラスバンドの指導者になればいい、とうそぶく先生もいたが、音楽家が社会で果たす役割は多いはずだ、と私は思ってきたから育成のシステムからして問題だと考えて来た。

 親と毎日のようにケンカしている、という学生が何名かいた。「高い学費を払っているのだから○○だ」と責められるのだそうだ。一方親は「卒業したら何の仕事に就けるのか」「就職をお世話してくれるのか」と大学や学校側に質問してくる。

 「ひとそれぞれ才能にもよりますし・・・」「文学部を出ても、作家や文学の専門家になるわけではないし、サラリーマンになるひともいる」と他人事のような返事が返ってきた。

 もう40年も前から私は音楽雑誌に音楽大学の未来とその時の役割を描いてきた。舞台に立つだけでないコミュニティー・ミュージックで活躍出来る環境も手だてもみんなでつくっていかなければならないという話しだ。最近それを考える学科が出来はじめてきた。でも教える側が未経験な領域だけに成果はこれからになる。それを待たずに音楽を専門とする教育機関が弱ってしまうかもしれないと思っている。

神宮司 聖(じんぐうじ せい)

 昔の話しを載せるのはどうかと思っていた。何時も最新がいいからだ。でも一つ載せてみたくなった。自慢話ではない失敗談は大切だと思った。

「神宮司 聖」という名前を知っている人はごく僅かだ。私のペンネームで、大阪城が落城した時に、そこで祀られていた地蔵菩薩を授かり、昭和の時代に八王子でそれを御守りしていた行者さんが名付けてくださった名前だ。

 現代音楽とは別に、大人から子どもまで人びとに愛される「うた」をつくるひとにふさわしい名前が宜しい、というのが理由であったが、しかし「神様のお宮を司る聖人」とは恐れ入ってしまった。顔から火が出て、穴があったら入りたい気持ちもあったが、拝命には意味があるだろうと感謝した。

 丁度、宗教団体の愛唱歌をつくらせていただいていた時期だったので、早速名乗ってみたが、一番大きな出会いは歌の女王「美空ひばり」(日本コロムビア)嬢との仕事だった。

 プロデューサーは「ひばりというと英知の限りをつくして難しく書いてしまう。うんと簡単な、誰にでも歌えるうたをつくって欲しい」という依頼だった。

 電撃トレードで阪神から巨人に移った江川 卓が話題になった年、ひばり嬢が低迷期で世間さまから叩かれ苦しんでいた年にリリースされた。

 簡単なうたで多くの人びとに喜ばれるなら最高の慶びだが、しかし大きく外れてしまった。「センセ、私と組んでソンしたひといないから」という励ましは嬉しかったが、簡単なうたがつくれない聖がトコトン名前負けしてしまったことは、あらゆるひとびとに申し訳無かったと今尚ながら思っている。

 ※ CDでも売られているが、Youtubeで美空ひばり「昭和ながれ花」がのっている。当時の B面「ふる里は遠い空」も出ているようだ。

謹賀新年

 あけまして おめでとうございます

 本ページにご訪問くださった全ての人びとに感謝し、ご多幸をお祈り申し上げます

 これまで「一流の劣等生」である私の慢心創意*による音楽を中心に、馬脚を露わしながら文化芸術の一端を語って参りましたが、今年もみな様とより強烈に交流させていただきたいと願っています。

 (*慢心創意は満身創痍からの造語)

故事から新事

 詩人の谷川さん、波瀬満子さんたちがつくった「ことばあそびの会」は以前ここでふれたことがある。一つの言葉やその切っ掛けから連想する世界をふくらませるのは、音楽をつくることと同じで、随分トレーニングさせてもらった。ダジャレも多く、言葉を大切にする人びとからは嫌われたが・・・

 「青天の辟易」というのがある。晴天時に突然雷が鳴る(霹靂)ことと同じで、突然何かが起こることにうんざりするというシャレだ。

 「君子危うきに近寄らず」という言葉と「虎穴に入らずんば虎児を得ず」という故事がある。しかし「虎穴の出口で虎児を待つ」となると意味深で、様ざまな場面が空想できる。

 子どもの頃に「鳴かずんば 鳴くまで待とうホトトギス」『・・・鳴かせてみようホトトギス』『・・・殺してしまえホトトギス』という有名な句に出会った。家康・秀吉・信長を良く表しているといわれた。それを「鳴かずんば 自分で鳴こうホトトギス」と言って、子ども仲間に受けたことがあった。ところがその後、同じことを言って知事になった人がいた。有名人の宣伝文句に私はすっかり白けて、以後封印してきた。

 同種のあそびは一冊の本が出来るほどあるが、その内容に価値があるのではなく、温故知新はその種のあそびから誰でも面白い創造への誘いがあるように思われる、というサンプルとして思い出した。

校内流行歌禁止

 校則の見直しがニュースになっている。私の子どもの頃だってヘンな校内ルールがあって、校内で社会を学ばせてもらったことが多かったようだ。
 いつの時代のどの学校にも「聖職」を地で行く先生がおられたなか、「愛のムチ」(暴力)を振り回す先生もいた。明確な理由もなく坊主頭にされたし、あれはイカン、これはダメの、でシバリまくり、先生は児童生徒を護ってくれない、裏切るのは当たり前で味方や理解者にはならないのが大人だと教えてくれた。

 ヘンな代表例が「流行歌を校内で歌ってはいけない」という指導だった。生徒は世の流行に敏感だ。歌だけではなく何でも話題に触れてマネてみたいモノだ。ところが流行歌を歌うと、映画館に行くと不良になる、というのが理由で禁じられていた。一時ビートルズの歌やカッコをマネるのは禁止、と教育委員会が文句を付けたことは有名な話しだ。でも子どもの個性はそれらのカベを乗り越えて価値観を豊かに培って行ったようだ。

 みんなで考えつくった社会のルールは護らなければいけない。しかし流行歌を含む文化芸術などの個人の選択は、先生が禁止する行為は人権無視にあたる。
 ルールはドンドン破られるから面白いのだ。そう、名曲にある作曲者の作品番号は「前科何番」を意味しているから、今でも新しいのだ。

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