Katsuhiro Tsubonou Official Website. Act 2001~

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神経衰弱

 現代音楽の殆どは、テーマと変奏だ。同じ手の繰り返しでなく、一つのことをあの手この手で展開させていく。頭で組み立てた構造は、変容の限界を超えて拡がって行く。基がどうであったか思い出しては理解を先に進めるのは、個人の耳では神経衰弱でトランプをめくる思いと同じだ。

 サウンドやメロディー・リズムという概念が新しい、とこれまでとの差異性をアピールしているが、その殆どは過去の焼き直しである。新しく見せかけているのだが、そこに価値が無いとは言わないが、古すぎる新作が多いものだ。

 過去の作品を知らないのではないかと疑ってしまう新作もある。この頃はコンピューターを駆使した作品も多くなった。リアルタイムで生の演奏との即興も可能になったし、他の分野とのコラボ(舞踏や絵画など)も目新しく移るが、1950〜60年代の日本の先輩諸氏の作品に初出されていたりしている。
 それらと重ね合わせて評価することは、これまた神経衰弱に似ている。

 感性の限界、という意味もある。理詰めの音楽の面白さもある。ただ、どうあがいても構造を変えることは出来なかったようだ。また複雑になればなるほど、創作にも演奏にも、理解にも「即興」の領域が少なくなっていった。音楽の基にはそのあそびが残っていないと、誰も興味を示さなくなっていく。面白い神経衰弱が見つかれば、様々な参加が期待出来ると思われるのだが・・・

無視の日

  6月4日は「虫歯予防デー」だが、その後「虫の日」が加わり、最近では「無視の日」というゴロ合わせの日まであるようだ。

 人を意図的に無視する行為は、陰湿なイジメの一つだ。しかも狙ったひとを誰でも手軽に仲間から葬り去る手になっている。子ども社会でも、大人から組織でも日常茶飯に行われている。「村八分」という行為は今も現実的にある。 
 その被害は深刻で、人間関係はもちろん子どもの深層心理まで病魔の専有物となっている。だからイジメによる「悩み事相談」の記事が其処彼処にある。しかし問題の種は千差万別・十人十色で複雑怪奇な様相に特効薬は無いようだ。
 加害者は誰に何をしたのか忘れても、被害者の心の傷は一生癒えないものだ。癒えないだけでなく、自分も知らずに弱いものをいじめる智恵を身に付けてしまうことになる。私は物心ついた時からあらゆる機会に遭遇して来たので、その被害の深さを承知している。今でもどんな理由であれ、シカトしたヤツとは二度と信頼関係を持つことはない程強烈な意志だけが残っている。

 悩みの基は、人と仲良くすることを子どもの頃から躾けられていることだ。
 シカトされて悩むひとは、何処か自分にいけないところがある、嫌われる自分がいけない、と責めたり何かを反省したりしてしまう優しさを持ち合わせているから、傷が深くなるのである。どんな理由にでもシカトするヤツがいけないのであって、被害者が不幸を味わう理由は全くないのである。
 窮鼠猫を噛む怖さを秘めていた方がいい。その毒と使い方はここでは記せない。加害者は弱い消え入りそうな人にも毒があることを知るべきだ。その肝の据わりだけでも、みんな確と(しかと)気が楽になるはずだ。

ピアノでワークショップ

 ピアノで音楽ワークショップを展開するのは、なかなか難しい。ピアノがあれば音楽の様々なニーズへの応えや表現が可能になる。しかし楽器を動かせない、参加者の音楽での反応や顔が見えづらいことが問題になる。音楽を聴かせる、歌の伴奏をする時には威力を発揮するが、音楽づくりなどには余程工夫をしないと参加者のサポートに向かないことが多い。

 十年程前に北九州の文化施設を私はフラリと訪れたことがあった。そこで子どもと音楽家がワークショップを楽しんでいるスペースに遭遇した。アップライト・ピアノを壁側に向かって弾きながら、子どもの歩みで音楽を感じるあそびで湧いていた。簡単なバンプ(ブンチャ、ブンチャというリズム)を弾いているのだが「何という音楽だ」と感動するほど素晴らしく我が耳を疑った。私はその時知らなかったが「佐山雅弘」というジャズピアニストとその仲間による、子どもたちとの音楽ワークショップ企画だった。

 佐山さんは18年秋に亡くなられた。でも私はその時の出逢い以降、彼の音楽を聴きまくっていた。寺井尚子さんのジャズヴァイオリンとの協演や彼のピアノトリオに感動し、分かりやすくクラシック音楽をも包括するクリアな演奏とケレン味のないヴィルトオーゾは特筆だと思っていた。音楽の実力は、ライブやCD・DVDだけでなく、子どもとのコラボの瞬間に輝くのだと今でも思っている。

録音の妙

 同じ楽器編成。ここでは3〜4名の楽器アンサンブル。同じ場所で同じマイクを立てて、同じ条件での録音を順番に三人が挑戦した・・・録音した音楽を聴いてみた。これが三者三様で全然違った音楽録音になっていた。
 エコーやフィルターなどのお化粧をしないスッピンのママの音楽だが、録音した人の個性がしっかり残っていた。ひとりはシャリシャリした少しやせた音になり、もう一人はアンサンブルを生で聴いたママの響きがして、最後の人は高音や低音がふんわり伸びて行く感じで録音されていた。
 基は顔の輪郭だ。いくら化粧をしても輪郭は変わらない。三者はそれぞれプロだから、後は企画や作曲などの制作者や聴き手の好みとなる。

 私たちが携帯の簡易録音機材で同じ素材を録音しても、微妙に違って録れている。録る人の目(心)が何処にあるかで、変わってくるようだ。
 今までで一番驚いた録音は、フランス国籍(現・日本在住)のプロデューサーが「秩父夜祭」を録音して、日本の文化をヨーロッパの放送局で発表した作品を聴いた時だった・・・普通日本人が見聞する音ではない、竹が山車の車と軋み合った音の上で屋台囃子が鳴っている音風景だった。

 私の録音時のリズム隊はドラムスのキック(バスドラ)のつくりで決まった。録音技師の腕が一番だが、キックを固めの音につくり、それに太鼓類を順次重ね、ベースと合わせ、ギター・ピアノと加えて行くサウンドづくりだった。

楽器開発③

 電子計算機や電子時計の一流会社、 C社が極秘に楽器を開発していた。何が新しくて、いい音なのか、という楽器製作者と私の闘いは、1980年の新楽器の発表まで続いた。音だけでなく「鍵盤楽器は鍵盤だけの平らな一枚でいい」という意見も私は持っていた。「入れ歯」を平にしたイメージの楽器だと、それを縦に積み上げたシンセサイザーになって使いやすいと思っていた。同時多発のようなアイディアは80年のカナダの楽器ショーで現実のものとなった。

 計算機や時計の製造販売会社が楽器を開発・発売を今後展開するには、「音大卒業生で優秀な人材が必要だ」ということになった。そこで「各大学の先生に優秀な師弟を紹介して欲しい」ということになったが、内容が秘密なのでどんな仕事が計算機や時計と音大生が結び付くのか説明が付かなくて困った事があった。
 もう一つ。秘密の役は、業績として表に出ない「裏方」の仕事で、口が堅くて呼ばれた仕事は、この仕事に限らず誰からも評価されないまま時間が過ぎて行った。

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