Katsuhiro Tsubonou Official Website. Act 2001~

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国際音楽交流・演奏会

※ 今回、新型コロナウイルスによる「緊急事態宣言」を受け、公演を延期することになりました。後日細部が決まりましたら、再度本ブログでお知らせします。 

 世界の国々と音楽による文化交流は、簡単なようで難しいことです。これまでは参加国通しで伝統的な名曲を歌い合ったり、演奏し合ったりして親睦を深めてきた歴史があります。
 現代の国際的な文化交流は、創造的な活動も加わって来ています。つまり双方の名曲を歌い合い、演奏し合うだけでなく、歌や演奏する人びとが、相手の国の音楽的な要素を理解して「つくり合う」ことも加えた交流に発展しているということです。
 異文化の人びととの創造的なコラボレーション企画の演奏会が今夏開催されます。人びととの出会いから、新しい音楽が生まれて来る時代の最前線をご紹介させていただきます。是非お出かけくださいませ。

World Collaboration Concert II

2021年8月1日(日)
14:00開演 13:15開場 @紀尾井ホール

※開催延期

らしい〜のような音楽

 私は元々「〜らしく」などという意味不明な区別にはアレルギーがあった。
何が子どもらしいか、高校生らしい野球とは何か、男らしい、年寄りらしいとは何をさしているのか、全て意味不明な言葉だと思っている。
 
 企画制作責任者の範疇だが、酷い注文も時としてあった・・・「三善 晃のような合唱曲が欲しい」(なら、三善先生に委嘱すればいい)。「今売れている全員合唱作品の代わりにふさわしく・・・前奏4小節、歌い出しはユニゾンで、次第に盛り上がっていってクライマックスに・・・」、さすがに断った。注文者がそのように書いたらいいと思った。
 ワーグナーの楽曲のママでいい、アニメ創作のイメージが湧く、という注文を断れずに書いたことがあった。アレンジ部分より原曲のママのところが音楽として迫力があったが、そんなことより作家としてはマイナスな結果だったと思っていた。

 教団の青年たちが南方の大東亜戦争の被災地への慰問に行った。趣旨は素晴らしいが、みんなで歌う歌は戦時中の軍歌の替え歌だった。それでは慰問にならないので、踏襲した新しいみんなの歌を創って欲しい、という主催団体の企画に参加して愛唱歌を何曲か書いた。
 創作当時はそのお仕着せ賛歌も団体員に喜ばれたが、青年諸氏のその時代の人気ポップスとは異質だった。企画自体が問題だったかもしれないが、本当にいいことをしたのか疑問が残ったままになっている。

ホーミー・倍音

 30数年前、日本でそんなに歌唱出来る人がいない頃、私はモンゴルの民族歌唱「ホーミー」を学んで歌えるようになっていた。
 低音(ドローン)を口から響かせ、その上に倍音で異なる声部のメロディーを重ねる唱法だ。その響かせる身体のポイントは頭部や胸部など数カ所あるが、技術はともかく大草原の彼方と調和する素晴らしい歌唱になっていて、複数の同時歌唱を楽しんでいた。

 その倍音は「声明」にもある。お坊さんの集団音楽的読経だ。普通聴いていると経には違いないが、喉を絞って出す声には倍音が生まれていて、ホーミーのように高いところで別の音(歌)が生み出されてぶつかり合っていることに気付かされる。
 その倍音が私たちにはありがたいほど安らかな世界に誘ってくれるようだ。雅楽でいうと笙のような、空間を埋めながら、倍音から生まれた歌が空間の中で際立つように縁取って行く。可聴範囲を超えた倍音の重なり合いが、私たちを未知の音楽空間に誘ってくれているようだ。
 
 身近な例で善し悪しは別として倍音の多い音楽会の例を記して見る。それはヘタな合唱団、アマチュアのブラスバンドやオーケストラなどだ。つまりピッチが合わないところで音がぶつかり、倍音が多数出てしまう演奏がいいのだ。しかし基の響きが不安定な時は倍音で生まれる音の像が聞こえづらいかもしれない。

ビブラート

 この頃の若い声楽家には少なくなったが、それでもウワオ〜ワオ〜その辺の音を揺すったビブラートや、チリメン・ビブラートといわれている音を震わすだけの声を出しているひとは今でも少なくない。
 歌・声の作品上の表情や解釈で、指定のピッチより上ずったり、低めに重く音程を取ったりすることやビブラートの種類による変化は良くある。しかしアバウトにその辺の音を揺すればいいわけではない。
 それは生理的に気分が悪くなる音楽表現で、それが私は嫌で随分仲良くなれない声楽家がいたと思っている。

 音楽スタジオで録音して編集してみると、そのいい加減なビブラートは解釈で付けているのではなく雰囲気で付けていた結果が直ぐ分かった。つまり編集ポイントが何回取り直してもどのテークともつながらないからだ。
 私がお仕事をご一緒したスターで女王と呼ばれた歌手は、録音で何度取り直しをされても、全く同じ歌い方をされていたので編集は何の苦もない作業になった。誤解が無いように付け加えるが、彼女のミスで録り直したのではなく、技術的な問題や何かノイズが入ったという、歌の責任外の話しだった。

オペラ「 Only the Sound Remains -余韻-」

 フィンランド生まれの世界的な現代音楽の作曲家カイヤ・サーリアホのオペラ「Only the Sound Remainsー余韻ー」が、6月6日・東京文化会館で日本初演された。
 東京文化会館の60周年記念の「国際共同制作」であり、日本文化と海外との創造的なコラボレーション作品になっていて、美事な歴史に残る作品として上演された。
 日本の伝統文化に触発された芸術が、音楽でここまで昇華された世界に出逢うことはなかなか無かった。能や歌舞伎、民俗芸能から邦楽の世界の影響を得たと作者が告白しても、どこかコピーを感じさせる迎合部に失望を感じたりすることがあったが、本作品は正にオリジナルの世界を展開させていた。

 原作は、能から第一部「経正」、第二部「羽衣」だ。英語で歌われ、そこにダンスが加わり、簡易に見えても人びとを精神世界に誘う舞台装置・音響・照明の演出は、異次元の世界を創出させていた。
 笛や打楽器での表現や、ダンサーの歩みに、時として能からのインスピレーションを感じさせるが、完全に国境や時間を越えたオリジナルな世界になっていたと思った。日本文化から影響を受けたという作品群のなかにあって、かつてこれ程美事な世界として聴かせていただいたことはなかった。日本文化とのコラボレーションの秀逸な例として、これから各国で何度も上演されて行くような実感を持った。

 7名程度の国際的なメンバーによるアンサンブルが小編成のオーケストラのような世界を描いていたことも驚嘆した。企画制作から、上演へ向けた全てのサポート、そして今回はコロナ禍のなかでの苦労を越えて成功させたことは、これ以上の讃辞の言葉を知らない。

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