音楽でも情報・知識を持たないと、主に音楽をつくってみんなで楽しむことは難しいものです。そのため音楽がどうつくられているか、勉強・レッスンでなく、遊びながらでも知識から真似て自分たちでもつくってみるキッカケになることが第一歩なのです。
 その情報源は、民族音楽にもクラシック音楽の名曲にもたくさんあるのですが、それを多くの音楽家は子どもたちに伝えることが出来ないでいます。
そのヒントを幾ら私たちが助言しても聞く耳を持つ人は少なかったようです。故に子どもの生み出す音を聴けなかったようです。子どもが遊んでいる音楽のなかに音楽宝物が詰まっていたのですが・・・
遊びながらも子どもたちが生み出す音の群れを、音楽家が褒めてまとめるのではなく、参会者が気に入る表現になるまで「待つ」ことが大切だったのです。しかし、待てずにバチの持ち方、音の出し方など、レッスン・レクチャーに向かう音楽家が多かったようです。

 音楽の勉強は、優れた技術を身につけて、出来るだけいい環境でその表現を褒めてもらうことが主になっています。他人より優れた表彰(コンクール)が大切でいます。自分の優れたところを社会で役立たせる術を持たせる講座が殆どないことが音楽系の大学の足腰を弱くさせている基になっています。簡単なようですが、これは構造的な欠陥で、ステージの上からの提供に強く、広場の音楽からはつくることが出来にくいということです。音楽の技術を持った人びとが文化芸術を愛し、理解して次の世代に育てて行くということは、簡単なようで難しいことだと思っていますが、その壁を乗り越えられないでいた人にも責任はあると思われました。